うつ病から立ち直るために大切なこと③

心理学講座
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こんにちはmarupoです

 

今回は、うつ病克服をテーマに

夫(妻)や子どもが、もし「うつ病」になったとしたら

その家族はどうしていくことがいいのかをお話ししていきます。

 

なぜなら、うつ病を克服するには、そんな家族の愛情が何より大切だからです。

 

前回では、パンドラの箱のように自分の心の蓋をあけてしまったせいで、これまで生きてきた中で「一番の最大の試練」に、唯一負けそうになったことをお話ししました。

⇩⇩前回の記事はこちらです⇩⇩

うつ病から立ち直るために大切なこと②

うつ病から立ち直るために大切なこと①

 

そして、心の奥に見たくないことを抑え込んでいたため、それがうつ病を重症化させ

私は何かに取り憑かれたように、苦しみながら人格さえも変わっていきました。

 

そんな私を支えて救ってくれたのは、やはりわが子や旦那さん、家族の深い愛情のおかげでありました。

ということで、その家族の支えがどれだけ大切かを、これからお話ししたいと思います。

 

家族の深い愛情は壊れそうな心を支え続けてくれた

 

私は、現在一家に家族5人で住んでいます。

 

一階の部屋には、旦那さんの母親(私の義母です)とお兄さん。

二階には私と主人と子ども(成人)3人家族とワンコが暮らしており、そのうちもう一人の子どもは、仕事のため離れたところで一人暮らしをしています。

 

私がこのようなうつ病になったとき、まだ上の子どもは園児で、下の子は1歳ぐらいでした。

 

私にこの症状が出はじめたときから、家事も育児も最低限のことしかできなくなり、それ以外は主人が仕事から帰ってくる時間まで、ずっとその子たちのおばあちゃんである義母に見てもらっていました。

 

そして、私は「具合が悪いのですみません」とだけ伝え、子どもたちをお願いしましたが、そのときどうしても理由を一切言えなかったのです。

 

けれど義母は、何も言わずに「ゆっくりしていてね。こっちは気にしなくていいから」とだけ言い、私はその言葉を聞いて本当に申し訳ない気持ちと、そして自分への情けなさでいっぱいになりました。

 

しかし、これまでの明るく元気なイメージとは違うため、義母は私に何かあったのだろうとは気づいていたと思います。

 

なぜなら、いつもはそれ以上何も言わない義母が、その時なぜか私にこう言ったからです。

 



 

「あなたはこの子たちの母親であればそれだけでいいからね。何も出来なくても焦らなくてもいいし、気にしたらだめよ」

 

私はその言葉を聞いて愕然とし、本当に感謝の気持ちでいっぱいになったのです。

なぜなら、子どもたちをないがしろにするようで、それを責められるかもしれないと思っていたからです。

 

義母は今もそうなのですが、本当に人を尊重できる人で、また自分にいつも誇りと自信をもっている人です。

 

我が子(主人や兄)を本当に深い愛情で育てた人であり、孫には「責任がない分その何倍も可愛い」と言って愛情を注いでくれました。

 

そして、出来の悪い嫁の私にも、決して押し付けや「嫁のくせに」という上から目線などなく、それどころか「孫を生んでくれてありがとう」と素直に私に言ってくれたり、本当に今でも感謝と尊敬しかありません。

 

なぜ、義母がそのような人なのかというと、自分の旦那さんである夫から、散々な苦労をさせられた過去があるからです。

 

 

当時義母の夫は、結婚生活が数年たったころから、なぜか突然、借金闇金、ギャンブル依存症、アル中、給料はもって帰らないなど、ただの最低な男になってしまったそうなのです。

 

子育てがこれからというときに、義母の幸せな生活はガラガラと音をたてて崩れていきました。

 

また、その時の時代は、相手の顔も知らないまま、親の決めた結婚相手と一緒になることも多く、義母もそんな結婚を強いられたので、もうまさにそれは「運命」だといっていました。

 

さらには、昭和の団塊世代は、そんな男尊女卑が根付いていたため、支援してくれるところもほとんどなく、女性はそんな生活でも我慢するか、どこかに逃げるしかありませんでした。

 

そして、どんなにそんな旦那に怒ったところで、悪びれることさえしなかったそうです。

 

なので、当時私の旦那さんとその兄が幼い子どもだった頃、ご飯を食べさせられないことが悲しく苦しくて、二人を連れて何度も「死のう」と思ったそうです。

 

しかし、そんな怒りのエネルギーは、わが子のために自ら「仕事」に打ち込むことに使うことで、どうにか生きのびる方を選び

そして旦那の借金を自分で払いながら、極貧の貧乏生活を生き抜いたそうです。

 

また、二人の子どもがある程度大きくなると、やはりそんな父親が、自分の母親に対してどんなに酷いことをしているか当然わかってきます。

 

なので、そこから今度は立場が逆転していき、やがてそんな夫は、子どもたちから追い出されるという結末を迎えました。

しかし、そんな苦労を逃げずに乗り越えた義母は、今は本当に幸せだと言ってくれます。

 

また、そんな人生があったからこそ、人の心の痛みも理解できるし、自分にも自信があるのだと思います。

 

何よりそれをドンと受け止めたことは、自分の人生の大きな転換期だったはずです。

 

なので、そこにいじけたりただ恨むのではなく、あのとき逃げずに乗り越えたからこそ強くなり

そして自分が幸せを感じられる人生を、自らの力で掴んだ結果なのだろうと思います。

 

また、のちに私がカウンセラーになって、クライアントさんから嫁姑問題の悩み相談を受けた時に

この義母の存在が本当に大きくヒントになり、別のかたちで悩んでる人にも気づきを与えたりなど、大きな影響をくれました。

 

なので、私がうつで苦しくつらかった時期に、そんな義母の気持ちに思いっきり頼らせていただいたことも、今思えば克服できたひとつの理由だと思います。

 

 

また、私の「異変」に最初に気づいたのは、やはり一緒に暮らしていた旦那さんでした。

 

あまりの私の変わりようにとてもビックリし、何かの危機を感じ、とにかく家事もなにもしなくていいから、とりあえず休んで心療内科に行くよう勧めたのです。

 

それから、子どもたちは昼間義母が面倒を見てくれ、夜は仕事から帰ってきた旦那が面倒を見てくれました。

 

そして、本当はいけないことですが、私が昼間からお酒を飲んで寝ていても、何も責めることをせず、逆に「少しでも眠れたならそれでいい」といって、私のすることに対しては、決して否定せずに黙って見守ってくれました。

 

また私が回復するまで、買い物や掃除、洗濯や食事、子どもたちのお風呂や着替えなど、旦那は文句ひとつ言わずに全てやってくれました。

 

その姿を見て、本当に申し訳ない気持ちしかなく、自分でもとにかくどうにかしないといけないとばかり焦ってしまいました。

 

しかし私の病は、もうすでに夜眠ることができず、眠るために朝からでもお酒を飲み、その勢いで数十分ほど寝るなどを繰り返していたのです。

 

そして夜中になると、私の怒りや苦しみが魑魅魍魎となって脳裏に現れ、それを私が必死になって次々と殺していくのです。

そして、その頭の中にいる悪霊は、殺しても殺しても蘇り、徐々に私を消耗させていきました。

 

99.9%の悪霊(妄想)と0.1%の希望(意識)との闘い

 

目をつぶっても開けていてもその恐ろしい悪魔は脳裏から消えてくれません。

 

もうどこまでが夢なのか現実なのかさえわからなくなっていき、気力が消え、これが本格的に重症化したうつ症状のピークでした。

 

そして途切れ途切れの記憶の中で、私はこの終わりの見えない毎日続く「苦しみ」に、すでに限界を感じていました。

 

ある真夜中のこと、

一人真っ暗な部屋で、またあの悪霊がいつものように頭の中に現れ襲ってきました。

いつもは私もどうにか殺して戦うのですが、その時はもう疲れ果ててその気力すら湧きません。

 

しかし、その妄想はここぞとばかりに恐ろしいほどに私を恐怖へと陥れながら、体力的にも精神的にも「これでもか」と追い詰めていきます。

 

そんな私を唯一つなぎとめていたのは、やはりこんな状況でもどこかに残っている、自分のわずかな「生きたい」という気持ちでした。

 

けれどその時ばかりは、もう自分に限界がきてしまい、生きることよりこの苦しみから逃れたいという気持ちになってしまったのです。

そしてそう思ったとたん、とうとう心に唯一残っていた糸が、プチンと音を立てて切れていくのを感じました。

 

すると不思議なことに、その瞬間から腹が据わったように「死」への恐怖がなくなり、今度は淡々と冷静に死ぬ準備をはじめてしまったのです。

 

この時私は、もう悪霊にすべてを乗っ取られてしまったんだと悟り、悪霊はそんな私を不敵に笑いながら、見下ろしているような感覚をうけました。

 

そして私はベッドに座って、完全に敗北者となり、命を絶つ前に、せめて自分とこれまで支えてくれた家族に感謝と懺悔をすることにしました。

 

「自分を長生きさせられなくてごめんなさい」

「短い人生にしてごめんなさい」

「みんな許してください」

 

いろいろと幸せな日々を思い返していると、涙があふれてとまりません。

それでも、終わりのない苦しみとは、人を生きることより「死」へと追いやるのです。

 

しかしそのとき、私が生きることを完全に諦めたと思ったそのとき、叫ぶような大きな声が心の中に響いてきたのです。

 

「死ぬのはイヤだ本当は生きたい!」

「また皆と幸せに暮らしたい!」

 

私はその声に一瞬ビクッとなりながらも、これが自分の意志の言葉だと気づいたのです。

そして自分の意志は、私の脳にその最後の力を振り絞って、たった0.1%にも満たないわずかな望みをかけて、本当の気持ちを必死に伝えてきたのです。

 

本当は生きていたいんだ

 

そうか…そうだったよな…

私がそう思ったときでした。

 

真っ暗な部屋の壁が、突然スーーーっと暖かいピンク色に染まりました。

 

私は訳が分からないまま、その明るく柔らかいピンク色の壁をボ~ッと眺めていると、ベッドの下の方から突然ニョキ~ッと大きな顔がでてきました。

 

「え(゚д゚)!?なんじゃこりゃ?」

 

釘付けになりながらその状況を見ていると

その大きな顔の主は海のように深いブルーの瞳、輝くような金色の髪の毛、透き通るほどの白い肌、真っ赤な唇、そして壁に映ったピンク色と同じ色のドレスを着ていました。

 

本当にきれいでしたが、あきらかにこの世の人間ではないその人は

まさに女神のように美しく、しかも部屋にあるキングサイズのベッドよりも大きく、そのあまりのデカさに上半身と顔で天井ギリギリです。

 

そして私の顔をじっと見つめ、その大きな口から「フ~~」っと息を吐き、またその吐息と一緒に、金粉のようなキラキラしたものを私に優しく吹きかけたのです。

 

私はその生暖かい息と、キラキラした金粉に、

しばらくあじわっていなかった安堵感や何とも言えない心地よさに、しばらく何も考えることもできないまま、ただその状態を感じていました。

 

しばらくすると、またどこからか声が聞こえてきました。

 

「良かったね」

「助かったよ」

「よくがんばったね」

「もう大丈夫だよ」

 

その声を聞いたあと、私は「助かったんだ…」という気持ちがあふれ、

ホッとしてしまい、吸い込まれるように意識をなくしてしまいました。

 

そして、どのくらいかたって目を覚ますと、外はうっすらと日が昇り始めていたのです。

 

時計を見ると朝の五時過ぎで、しばらくぶりに深い眠りをしたことに、なんともいえない心と体の軽さを感じました。

 

そしてハッと我に返り、昨夜の出来事を思い返し、

頭や身体を触りながら「生きてる」ことをたしかめました。

また、そのとき今の自分の心の状態を確認すると、あんなに昨日まであった苦しい気持ちや幼少期の怒りや悲しみが、なんとなくなっていたのです。

 

今となってみると、これも悪霊と同じような、私の「幻覚や妄想」だったと思います。

しかし、あの時の幻覚は本当にリアルな感じで、今でもこの女神さまが与えてくれた心地よさは忘れられません。

 

これをのちに分析してみました。

 

このときになぜこのようなことが起こったのかというと、

そのとき自分の意志は、命ギリギリでたった0.1%にも満たないくらいでしたが

そこに生きる希望をかけて悪霊と闘い、

どうにか最後まで諦めずに生き抜こうとしたからだとわかりました。

 

そして悪霊はその気持ちに勝てずに、最後は自分の意志が勝利を勝ち取ったのです。

 

私はすぐに主人をたたき起こし、昨夜の出来事を話しました。

 

最近は、ずっとただでさえ「悪霊」など、訳の分からないことばかり言っていた私が

今度はまた「女神がでたよ!」といったものだから、旦那も「???」となってしまいました(笑)

 

しかし、久しぶりに見る私の笑顔と元気に、すごく安心したように「良かったね」といってくれました。

 

本当に家族の深い愛情と協力の支えがなければ、私はもうとっくに死んでいたかもしれません。

そして、その感謝を一生忘れずに生きていこうという決意に至り、ここから大逆転と、心理学の再スタートの人生がはじまります。

 

ということで、次回は「うつ病から立ち直るために大切なこと」の完結、最終章です。

うつ病から立ち直るために大切なこと④完結

心理学を学びながら、自己分析したり、またあの夢のような妄想や幻覚を知るために、いろんな知らない世界へと飛び込んでいきます。

 

また私は、うつ病の苦しさや恐ろしさとは、その時の経験がなければ、今でもきっと本当の意味ではわからなかったと思いますし、そのおかげで自分の自信にもなり、強くなれたと感謝しています。

 

そういう意味では、うつ病になったことは、その時本当に苦しかったですが、恨んだり後悔などはありません。

そして何より、夫婦や家族のありがたみや、愛情を心から知ることができた出来事でもありました。

 

お読みくださりありがとうございました

この記事を書いた人

 

はじめましてmarupoです今年50歳です

24歳で結婚しその後二人の子宝に恵まれたが、その育児の真っ最中に「うつ病」を患い同時に体も動かすことができなくなり入院。 そんな自分をどうしても受け入れられずに苦しんでいたが、その病院の本棚で「心理学の本」と出逢い、そこから心理学の学びがはじまる。 この学びを活かして、これまで20年ほどカウンセラーとして対面や電話などでいろんな方の悩みや相談に対応し、自らサロンを開いて数年間講座などもしていた経験をもつ。

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