こんにちはmarupoです
誰もが高所恐怖症という言葉を、日常生活でもよく耳にすると思います。
これは「単に高いところが苦手」ということではなく、厳密に言うと高いところに登るとそれが安全な場所であっても、下に落ちてしまうのではないかという、恐怖感に襲われてしまう病的な心理をいいます。
この、人が恐怖感に襲われるという病的な心理とは、高所恐怖症だけでなく、自分がある特定の状況や対象に対して、異常なほどの強い恐怖感情を抱いた場合にも起こります。
それによって外出も困難になったり、日常生活にも支障をきたしてしまうなど、そのようになんらかの不適応な状態を示す症状を恐怖症または恐怖神経症といいます。
人が強い恐怖症状をきたすと、生活空間が狭められ、抑うつ的な状況に陥ることもあります。
またこの恐怖症は、本人以外にはなかなか理解しにくい部分があります。
なので、恐怖症で苦しんでいる人の家族や身近な人などは、恐怖状態への理解が重要となります。
ではここから、いくつかの恐怖状態に注目して理解を深めていきましょう。
臨床場面でとくに有名な恐怖症とは「広場恐怖」「対人恐怖」「疾病恐怖」です。
【広場恐怖】 |
広場恐怖とは、「外出恐怖・空間恐怖」ともいいます。
これは、何かが起きてもすぐに逃げられない場所や、誰かに助けてもらえそうにない場所にいるときに際立った恐怖を感じます。
そしてその症状が重いと、それを避けるため「ひきこもり」や「家から出られない」などの行動が目立つものです。
*広場恐怖症の具体的例*
◦何かが起きてもすぐに逃げられない場所◦
飛行機や列車・船の中 バスや地下鉄などの交通機関 地下駐車場 人ごみの中 エレベーターの中 長いトンネル 橋の上を渡る 映画館や店内
…など、出口が遠い場所や広い場所や囲まれた場所
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◦誰かに助けてもらえそうにない場所◦
家の中に一人でいる 誰もいない一人きりの空間 何もない広い野原などの場所
…など、このようになにもない場所では 誰かに助けてもらえそうにないという際立った恐怖心を感じます。
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ただこのような状況でも、相当重傷でなければ、知人や家族が一緒であればその場へいける場合があります。
しかし、その症状が強く、想像するだけでも恐怖心が高まり、外出も困難な状況にまでなると、その人の生活空間は著しく狭められたり、ひどくなると不安障害や抑うつ的な症状を伴ったり、またパニック発作を起こしてしまうこともあります。
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【対人恐怖】 |
対人恐怖とは、「社会恐怖」「社会不安障害」ともいいます。
人間は社会的な存在なので、ある集団内で適応できなくなることに恐怖心を抱きます。
人前で「立派に振舞いたい」「いい人に見られたい」など、自分が社会的な存在でありたいと思っています。
そして自分が社会的価値のある存在でありたいと願ったり、他者からそう見られるよう、それにふさわしい言動や行動をとらなければならないという緊張感を抱きながら過ごしています。
この程度であれば誰でも抱く感情です。
しかし対人恐怖とは、他人の目を気にするあまり、周囲から嫌悪され回避されることに強い恐怖心を抱いてしまうのです。
そして、人との交わりに恐怖と困難を生じてしまいます。
また対人恐怖症とは、日本における文化特異的な恐怖症であり、その症状には、以下のようなものがあげられます。
*対人恐怖の症状*
◦赤面恐怖…人前で顔が赤くなるのではないかと気にする
◦視線恐怖…人に見られているのではないかと過度に気にして不安を抱く
◦表情恐怖…自分の表情がおかしいと人に思われているのではないかと意識し不安を抱く
◦自己臭妄想症…自分が臭いのではないかという不安を抱く
◦醜形恐怖症…自分の容姿が醜いために人から嫌がられていると思い込む
…など、他人の目にさらされる自己の身体像へのこだわりがあります。
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対人恐怖症患者は、自分の自己評価を低めて自己嫌悪を抱いているにもかかわらず、「人はこうあるべきだ」と高い自我理想を無理に示そうとして自我意識を強めることで、それらの乖離に悩んでいるというのです。
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それが過剰になると「自意識過剰」となります。
これは「自惚れ」などを思い浮かべる言葉ですが、本来は「自分自身の事柄に関して過剰に意識している」という意味をもちます。
そしてそのような他人の目を意識しすぎて極度の緊張状態になる場合の症状には「あがり症」などがあります。 |
この対人恐怖症の対応として、本人に緊張はあっても、生活範囲や対人関係が狭くならないよう助言したり、支持することが大切です。
対人恐怖の苦しみやつらさなどを、共感的に聞きいれることが求められます。
【疾病恐怖】 |
疾病(しっぺい)恐怖とは、「心気症」ともいいます。
人間は、病気と死の恐怖に敏感な生きものです。
しかし、あらゆる身体検査で異常個所がみられないにも関わらず、必要以上に身体の症状を訴えることがあります。
「自分は何かの病気ではないのか」「自分は病気で死ぬのではないのか」などという異常なほどの恐怖心に襲われているような場合を疾病恐怖症と診断されています。
これは、病気や死に対する、予期不安や否定的な自己暗示などが強い影響を与えており、健康に対する過度の囚われからくるものです。
この場合にはもうひとつ特徴的なことがあります。それは医療機関で「正常」と診断されることに不満感を抱くことです。
このように不満感を抱くと、次々と医師を変えて診察を求めることがあります。
そしてこの段階を過ぎて医者を信用できなくなると、医学関係の情報を独自に収集したり、通信販売などであれこれ試してみる傾向なども見られます。
まとめ |
以上のような恐怖状態に共通して言えることは、異常な恐怖心のために日常生活がスムーズに送れなくなっているということです。
そのため外出も困難になったり、日常生活にも支障をきたしてしまうなど生活空間が狭められ、抑うつ的な状況に陥ることもあります。
またこの恐怖症は、本人以外にはなかなか理解しにくい部分があるため、恐怖症で苦しんでいる人の家族や身近な人などは、恐怖状態への理解が重要となります。
恐怖症で苦しんでいる人がいる場合は、病院での治療とともに、恐怖の苦しみやつらさなどを共感的に聞きいれることで、その人の恐怖を緩和することができます。
それは受け入れる心であり、また身近にいる人の愛情であり、もっとも大切なことと言えるでしょう。
お読みくださりありがとうございました。以上marupoでした