親のような生き方はしたくない「生き残り」

アダルトチルドレン

こんにちはmarupoです

 

いまからお話しする「生き残り」とは、戦争にいって帰ってきた、病気を克服したなどの話とは違います。

 

ここでいう「生き残り」とは、子どもを虐待するような親、アルコール依存症をもつ親の元で育てられた人が、どんなに傷を負ってしまったとしても、自分には自分の人生があり、自分の親と同じ道を辿らず、自分の喜びを見つけて歩んでいける人のことをいいます。

 

しかし、そのような親の元で育ってしまった人の多くは、心に深い傷を負い、それはトラウマとなり、アダルトチルドレンの道を辿ってしまうことになります。

 

また、アダルトチルドレンの中には、親に逆らうことができなかった、親の言いなりで育ってしまった、という人も多いのです。

 



 

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しかし、そんな親を見て「自分はあんな大人になりたくない」と、そう思いながら生きているにもかかわらず、気づいてみるとそんな自分の親と同じ生活パターンにはまってしまい、いつの間にか気づかないうちに、自分の親と似たような人生を生きている人もいるのです。

 

そしてここでいう「生き残り」とは、たとえそんな親のもとでそだったとしても、自分は自分の人生があり、同じ道を辿らない人、自分の喜びを見つけて歩んでいける人、人に何かをすることだけを喜びとする人生ではいけないと気づける人のことを言います。

 

そのような人生を見つけるためにも、そして親に傷つけられ続けたひとが自分の後継者にもそのようなアダルトチルドレンにさせないためにも、サバイバル「生き残り」とは特別な意味をもっています。

 

 

アダルトチルドレンにとってのサバイバル「生き残り」

 

これは文字通り、生き残ることを意味しています。

 

たとえば、アルコール依存症の親をもった子どもの場合ですと、その親を見続けたことで、自分自身が親のようにはなるまいと、自分はアルコール依存症にならなかったり、また共依存的な関係など、アルコール依存症者と結婚しないですむようになることも「生き残り」ということになります。

 

 

ただ、この「生き残り」は結構難しいことでもあります。

 

それがなぜ難しいかというと、アルコール依存症という診断で入院している男の患者の二人に一人は、アルコール依存症の父親を持っていることがわかっているからなのです。

 

また、入院している男の妻の四人に一人はアルコール依存症の父親がいるのです。

※「精神神経学雑誌」90巻・アルコホリック家族における夫婦相互作用と世代間伝達※



親のようにはなりたくない

 

そんなアルコール依存症で入院している患者たちは、自分が小さい時から「アル中」になろうと思っていたわけではありません。

 

その入院患者も、幼いころ自分が物心つくころ、すでに家の中にはアルコール依存症の親がいて、子どもながらそんなアル中の親を見て育ち、嫌な思いをしたり傷ついたりを繰り返しながら、けっして「あんな親のようにはなるまい」と、思いながら生きていたわけです。

 

しかし、そんな親を見て「自分はあんな大人になりたくない」と、そう思いながら生きているにもかかわらず、気づいてみるとそんな自分の父親と同じ生活パターンにはまってしまい、いつの間にか自分もアルコール依存症となっていたのです。

 

 

そしてそんなアルコール依存症の親を持つ子どもが女性である場合、やがて大人になって結婚し、誰かの妻となるわけですが、それはもっと不本意なことでもあります。

 

たとえば、その女性の父親がアルコール依存症の場合、女性は物心つくころから、そんな父親のせいで母親が苦労する姿をずっと見て育ちます。

 

毎日そのアル中の父親に泣かされたり、酷い言動をされながら苦労する母親を見て、彼女たちはたいてい「自分はあんな母親にはなりたくない」、「あんなことをするような男とは絶対結婚しない」という決意のもとに育っています。

 

けれど不思議なことに、そのように強い思いを抱いていても、そのような家庭で育った女性の多くは、自分が好きになった相手や結婚する相手が、なぜか父親に似ていたり、アルコール依存症の男だったりしてしまうのです。

 

そうしながら、自分は母親のような人生のようにはならないと思っていても、いつの間にかその自分の母親と寸分違わない人生の軌跡をたどってしまうという現実があるのです。



「生き残り」の本当の意味とは

 

では、アルコール依存症の親を持っていても、自分はアルコール依存症にはならなかった、またそんな人の妻にならなかったりすれば、その人たちは「生き残れた」のかというとそうとも言えない、この「生き残り」という言葉の本当の難しさがあるのです。

 

60歳近くになる、アルコール依存症の親を持つ、ある男性の場合

 

「俺は自分のオヤジのようにだけはなるまい、と思って必死に生きてきた。そしてこの年になって思うことは、オヤジと自分の違いはただ一つだけ。オヤジは酒で死んだが、俺はそうではなさそうだということだけだ」

 

この男性はいったい何が言いたかったのかというと、自分の父親から受け継いだものは、アルコール依存症という飲酒の生活だけではなく、そのほかの生活の仕方、仕事、価値観のもち方、とくに人間関係の在り方などもあった、ということを言っています。

 

要するに、ここでいう「生き残り」という言葉には、親のようなアルコール依存症にならなければいい、ということだけを言っているのではなく、「いかに自分のために生きていくか」ということを言っているわけです。

 

それは、親と同じような価値観、生活、仕事、人間関係の在り方が同じようなものであれば、結局は親と同じような人生を歩んでいることと同じ、自分以外の誰か(親)のために生きている、なので自分のために生きているということではないのです。



自分自身のために生き残っていくこと

 

たとえアル中にもならず、その配偶者にもならなかったとしても、自分自身が自分の生に喜びを見いだせなければ、それは人のためだけに生きていることであり「生き残れている」とは言えないのです。

 

そしてそんな人ほど、子どものころ「親の言いなりだった」という人が多いのです。

 

アダルトチルドレンの多くは、親にとっては一見「良い子」に見えます。

 

なぜならそんな親に対して逆らうこともできず、自分の感情や欲望にそって生きることが難しかったからです。

 

本当の自分の姿は隠し感情を殺しながらでしか、その家で過ごすことができなかったのです。

 

それは親に笑顔になって欲しいため、幸せを感じて欲しいために、あるがままの自分を偽りながら、自分のことより親のためと子どもの自分が犠牲になり、その家で頑張っていたのです。

 

 

けれど、本当の意味で自分の人生を歩んでいくためには、その悲しく傷ついた気持ちを「自分のため」に生かすしかありません。

 

この傷ついた心は「親のせい」ではあるものの、「親のため」ではありません。

 

なので、まずは自分がアダルトチルドレンだということを、どこかで気づいて認めることが大切です。

 

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アダルトチルドレン 親から傷つけられた人へ

 

そして、いま何かしらの依存症の治療を受けている方も、自分の中のアダルトチルドレン的な部分に気づいて、そこから離れるという作業を続けていく必要があります。




簡単なことではないかもしれませんが、子どもを虐待するような親、アルコール依存症をもつ親の元で育てられた人が、どんなに傷を負ってしまったとしても、自分には自分の人生があり、自分の親と同じ道を辿らず、自分の喜びを見つけるということを、ひとりひとりが気づいていきながら、自分の人生を生きていく。

 

また自分の後を受け継いでいく者のためにも大切なことなのです。

 

なので「生き残り」とは自分が生きていくための道を、自分の意志で選んでいくことでもあるのでしょう。

 

 

お読みくださりありがとうございました以上marupoでした

お読みくださりありがとうございました

この記事を書いた人

 

はじめましてmarupoです今年50歳です

24歳で結婚しその後二人の子宝に恵まれたが、その育児の真っ最中に「うつ病」を患い同時に体も動かすことができなくなり入院。 そんな自分をどうしても受け入れられずに苦しんでいたが、その病院の本棚で「心理学の本」と出逢い、そこから心理学の学びがはじまる。 この学びを活かして、これまで20年ほどカウンセラーとして対面や電話などでいろんな方の悩みや相談に対応し、自らサロンを開いて数年間講座などもしていた経験をもつ。

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